コンサルには、都度お願いしていました。必要を感じた、その時々で。
最初はすべてを期待して。次は答えを求めて。最後には、一緒に考えてくれる仲間が欲しかった。
振り返ると、誰も嘘は言っていません。でも、決断には遠く隔たっていました。
段階1|助けを求めていた
最初にコンサルに会ったとき、安堵しました。助けが来た、と思いました。犯人を探してもらえる。自分一人じゃない。これで救われる。そう思えるだけで、かなり楽になりました。
当時の自分は、まだ判断の主体を相手に任せていました。コンサルタントは万能で、資料を提出したらすべてを見通してくれる。そう信じていました。
実際、話を聞いてもらえるだけでも不安は減りました。「まだ打てる手がある」「方向性を見直せば、何とかなる」そんな言葉が増えていきました。
具体的な策が出たわけではありません。数字が動いたわけでもありません。でも、楽になっていました。何も決まっていないのに、前に進んでいる気がしていました。当時は、それでも良いと思っていました。
段階2|正解を求めていた
助けだけでは、足りなくなりました。自分の考えが揺らぎ、方向性を見失っていたからです。
判断に自信が持てなくなりました。もしかして、自分は何も分かっていないんじゃないか。そう思い始めると、誰かに決めてほしくなります。「プロなら、正解を出してくれるはず」そう期待するようになりました。
期待していたのは、明確な指摘です。「問題点はこれです! 改善しましょう」「これをやれば、立て直せます」そういう魔法の一言。それさえあれば、動ける。そう思っていました。
違和感はありました。でも、否定する材料がありませんでした。自分より詳しい。自分より経験がある。だから、任せた方がいい。そう思い込もうとしていました。
自分で判断するより、正解を渡してほしかったんだと思います。
気づけば、判断が「伝達」に変わっていました。決めることより、合わせることが増えました。会議は増えたのに、決断は減っていきました。
段階3|一緒に考えてくれる仲間が欲しかった

もう、一人では決められませんでした。でも、放棄したかったわけじゃありません。責任を誰かに押し付けたかったわけでもありません。
ただ、孤独が怖かったんです。一人で判断するのが怖い。同じ目線で考えてくれる人が欲しい。誰かと「一緒に」なら、進める気がしました。
一緒に考えてくれる仲間。判断を一緒に背負ってくれる存在。それが欲しかったんです。
この頃、コンサルは一人ではありませんでした。でも、誰が何人目だったかは、今となっては重要じゃありません。
会議も言葉も増えました。決めごとも増えました。アクションプランとか言ってました。でも、「これならいける」と腹を括った決断は一つも増えていませんでした。
それでも、孤立感はなかった。囲まれている、という感覚がありました。それが、安心だったんです。
ゴルフとビルの話|正解を探し続けた理由
ゴルフのスイングでも、そうです。「これだ!」という一点を探してしまいます。これさえ注意すればミスしない、みたいな。
でも違います。手首、体重移動、タイミング。色んなパーツが重なり合って、完成します。
ビルを建てるのも同じです。鉄筋、コンクリ、設計、施工。どれか一つあればビルが建つ、なんてことはありません。
それは分かっていました。頭では。
でも当時は、それでも探していました。「問題点はこれです! 改善しましょう」そう言ってくれる何かを。
正解を教えててほしかった。分析力でも経験でもなく、「これさえ直せば」という一点を。
全体を見ていました。分析だけはしっかりと自分でやっていました。でも、いくら考えても答えがわからない。だから、誰かに出してほしかった。「これです」という答えを。
振り返り|真犯人はいなかった
誰も悪くありません。
嘘は言われていません。強制もされていません。自分も必要を感じて、お願いしていました。
でも、結論には一度も至りませんでした。判断力が削れていく過程を、リアルタイムで記録していたら、こうなっていたはずです。
最後の方で、無理なんだなと気がつきました。
ずっと、正解を出してほしいと思っていました。問題点はこれです、改善しましょう、と言ってもらえる何かを。
でも、そんなドラマみたいな真犯人はいなかった。
締め
今なら分かります。完成するものは、だいたいいつも複雑です。
それでも当時は、「これだ!」と言ってくれる何かを求めていました。
もし今、誰かが同じものを探しているなら、その気持ちはよく分かります。
倒産前の経営・資金繰りの全体像については、まとめ記事もあわせてご覧ください。
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