「軽作業」という言葉に誘われて
3月は試験監督のバイトが入りませんでした。
1ヶ月丸々何もしないのもマズかろう。そこで、派遣会社から来ていた募集のメールで、目に止まったのがビール工場の作業です。ケースを供給と書かれていましたが「その他軽作業」という言葉に、正直なめていました。単純な作業を繰り返すだけだろう、体力的にもそれほどきつくないだろう、と。
申し込んで、採用されて、初日を迎えました。
絶望の初日と、身体に起きた不思議な変化
作業の内容はシンプルです。パレットに積まれた缶ビール350ml・24本入りのケースを、テーブルに2列で並べる。それだけです。
ただし、1パレットに72ケース積まれています。それを何枚こなしたか。初日は数える余裕もありませんでした。
手がつります。足がつります。「無理だ」と思いました。正直に言うと、続けたくても身体がついていかないだろう。10日間なんて、とても無理と思っていました。
ところが、駅からの帰り道、自転車を漕いでいたら身体がスッと戻る感覚がありました。あの感覚は今でも覚えています。疲れが抜けたというより、「身体が応えようとしている」という感じ。
明日も行けそうだ、と思いました。

現場の「ボス」とバイトの面々
チームはバイトが20人前後、社員が6人ほど。
ボスは40代くらいの女性です。背は低めで小太り、声が大きくてよく動く。現場を仕切る人間として、これ以上ないタイプでした。我々男性バイトは全員「おにーさん」と呼ばれました。名前を覚えても仕方がない、無難に回す、そういう合理性だと思います。雑といえば雑ですが、そういう現場です。
社員は全員男性で30〜40代。バイトの男性は5〜8人、少ない日は3人。全員60歳以上でした。女性バイトも60歳以上が中心で、ベテランは名前で呼ばれている人もいました。そこに女子大生が1~2人混ざっている。なかなか不思議な現場です。
作業の流れと女子大生の驚異的な適応力
作業の構成はこうです。パレットからケースをテーブルに供給する係、キャンペーンのオマケを貼り付ける係、透明テープで固定する係、そしてラインに流す。これをひたすら繰り返します。
1日のスケジュールは、午前2時間・休憩20分・1時間40分、午後も同じリズム。考える余地はほぼなく、止まると全体が止まる。そういう現場です。
どんな作業場でもそうだと思いますが、ある程度慣れてきたら手が早い人は仕事がきれい、遅い人は仕事も雑。そして早い人が正義。この職場での経験も、その通りでした。
驚いたのは女子大生です。最初はテープ貼りをもたもたとやっていて、おかげでラインの流れも遅く、供給する私も楽でした。ところが1時間もしないうちに一軍のスピードになった。私は追いたくられました。向かいで作業していたエース社員のやり方を見て、そのまま真似たんだと思います。

プレッシャーと飲み込んだ言葉
ボスは作業中は厳しい人でした。テープのシワ、オマケの貼り付け位置のズレ、容赦なく指摘してきます。
私に対しても「ここは2人で供給しているんだから、他のテーブルも手伝っていかないとダメだよ」と言われました。タイミングを見ながら言われた通りにやっていましたが、後になって分かったのは、私が担当していたテーブルが1軍揃いで他の倍速だったということです。条件が違っただけで、私が遅かったわけではなかった。
「追いつかないとダメよ~」と言われながら、ふと頭をよぎるものはありました。でも、そんなことを考えている余裕はありませんでした。
「君はこの歳になっても、この作業が出来るかい?」とも思いましたが、何の意味もない言葉です。目の前のケースをしっかりと運ぶ。私にはそれだけでした。
3度の失敗。ビールケースを落として分かったこと
現場で一番ダメなのは事故と怪我。それはありませんでした。次に避けたいのが破損です。私はビールケースを3回落としました。
1回目は軍手のグリップが弱かったせいです。ボスに報告したら「あ〜、これじゃダメ」と、社員が使っている高級品に替えてもらえました。これは素晴らしかった。道具の差というのは本物です。
2回目は、テーブルの狭いスペースに無理に載せようとしたタイミングのミスです。判断が甘かった。
3回目が一番きつかった。なぜ落としたのか、自分でも分かりませんでした。握力の限界だったのかもしれません。「3回落としたら辞めよう」と思っていたので、ボスに相談しました。歩きながらでしたが、「自信がなくなった」と正直に話しました。
返ってきた言葉は「しっかり持てば落とさない」でした。
知ってるわ、と思いました。でも、その言葉は続けていいという意味に受け取りました。本当にそういう意味だったかどうかは分かりません。ただ、人手が居ませんでしたし、向こうも曖昧に答えるしか無かったのかもしれません。
それからは、子供を抱えるように両手でしっかり運ぶようにしました。スピードは落ちます。でも落とすよりはいい。
初日の夜から、朝晩ロキソニンを飲んでいました。疲れは溜まっていきましたが、痛くて動けないということは無い。これがなかったら続かなかったと思います。ただ、人に勧められるやり方ではありません。 ※あくまでも、私個人の判断です。

2週目の手応えと、食わせ者のおっさん
週明け、驚くほどケースが軽くなっていました。
土日の回復だけでなく、持ち方とパレットからの取り方にコツを掴んでいたことが大きかったと思います。体力だけでなく、やり方で楽になる。これは本当でした。ロキソニンも朝だけにしました。
現場にはあまり会話がありません。そんな中、「痛いのきついの」と話しかけてくる男性がいました。背が高くていい感じの人で、なぜか下手に出て話しかけてくる。現役時代はそれなりのポジションにいた人だろうと、勝手に思っていました。ボヤキが多いので、作業は大したことないのかな?と高をくくっていたのですが、余裕が出てきてパレットの進み具合をチラ見したら、私よりだいぶ早かった。
あのおっさんは食わせ者でした。しかし、どんな事でも負けるのは悔しい。

祭りのあとの静寂と、10日間で得た教訓
迎えた最終日、予定より早く作業が終わってしまい、最後の30分ほどは掃除をしていました。あれだけ忙しかった現場が、急に静かになる。やることが無くなって、掃除をしてるポーズだけする。祭りの後、という感じでした。
時間が来て終わりの挨拶。ボスは笑顔で「事故もなく、予定数も達成できてありがとうございました」と言っていました。
ずっと厳しかった人が、最後だけ柔らかく見えました。最初からそういう人だったのかもしれません。皆から頼りにされてた貫禄あるボスでしたが、この瞬間は可愛らしい「おねーちゃん」でした。

やってみて分かったこと
10日間やってみて、分かったことをまとめておきます。
- ビールケースは軽くない。初日は本当にきつい
- コツを掴むと、体力より「やり方」で楽になる
- 早さが正義の現場でも、ミスは遅いより悪い
- 人の成長スピードは、環境と観察力で全然変わる
- 無理に持とうとすると落とす。焦りが一番の敵
またやりたいと思っている
10日間が終わって、また機会があればやってもいいと思っています。
慣れてきた実感があったこと、2週目に入って身体が応えてくれたこと、そのあたりが理由だと思います。意外と嫌いじゃなかった、というのが正直なところです。
次はもう少し上手くやれる気がする。そのためにダンベルでも買って備えておこうかと、なんとなく思っています。本当に買うかどうかは分かりませんが。

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