【債権者集会】免責決定でも終わらない|確定って何だよ

破産・倒産の手続き

午前11時、天気が良かったので自転車で弁護士事務所へ向かいました。

何度も通った道を、今日は最後かもしれないと思いながら走りました。

思ったより静かだった

弁護士事務所で免責決定の書類を受け取りました。

「これで終わりです」

そう言われて、書類を手渡されました。

思ったより、静かでした。

泣きもしないし、ガッツポーズもない。ただ紙を受け取って、ああそうですかと頷くだけ。

22年背負ってきたものが下ろされる瞬間というのは、案外こんなものなのかもしれません。

でも、次の瞬間にがっくりきました。

「まだ確定が残ってますので」

え、まだあるの?

免責決定が出たら終わりだと思っていたのですが、実際にはこの後に「確定」というプロセスがあるそうです。官報に公告されて、約1ヶ月の異議申し立て期間を経て、問題がなければ確定する。

しかも、確定しましたという書類が出てくるわけでもなく、自然に決まるのだという。

つまり、まだ完全には終わっていない。

せっかくゴールだと思ったのに、実はまだ少し先だったという脱力感。ここまで来て「保留」と言われるのは、精神的にけっこうきます。

「いい会社だった」と言われて

書類の受け渡しのとき、弁護士が少し雑談をしてくれました。

何かの集まりで、私の会社の担当をしていたことがあったそうです。そこで知り合いから、「あの会社、好きだったのに残念ですね」と言われたと。

慰めのつもりで言ってくれているんだと思います。

でも、その言葉は胸に刺さりました。

そんないい会社を潰してしまった。そんな気分に、どうしてもなってしまうんです。

褒められるのは、つらいんです。

「いい会社だった」と言われると、誇らしいはずなのに、うれしいはずなのに、なぜか胸が締めつけられる。

これは矛盾じゃなくて、経営者の後遺症みたいなものなんだと思います。

頭の中でこう変換されるんです。

「いい会社だった」=「それを終わらせたのは自分」=「もっとやれたのでは」

免責は決まりました。でも、心の免責はまだ先のようです。

ペダルに力が入らなかった

事務所を出て、お昼を食べました。

それから図書館へ向かおうと自転車に乗ったのですが、ペダルに力が入りませんでした。

ただ、足が重い。

頭では「静かだった」と言えても、身体は正直です。

22年背負ってきたものが、今日いったん下ろされた。だからペダルに力が入らない。ずっとどこかで張っていた糸が、やっと緩んだのだと思います。

虚脱、という言葉が一番近い気がします。

破産って、申立ての決断、弁護士との面談、書類作成、債権者集会、免責決定と、イベントは派手なんですが、本当の疲労は終わったあとに出るんですね。

人は、戦っている最中は意外と平気です。終わった瞬間に、どっとくる。

図書館に着いても、いつものようにブログを書く気になりませんでした。AIに今日の出来事を話したら、「今日は何も考えなくていい日かもしれません」と言われました。

ただ座っているだけ。それでも、今日はそれでいいと思いました。

そういえば、書類の束

そういえば、さっき弁護士事務所で受け取った書類の話です。

実は、免責決定の書類だけでなく、破産手続き開始決定から今日までの「決定」と書かれた書類を全部もらいました。

弁護士が最初から持っていたのに、私には見せていなかったようです。まあ、別にいいんですけど。

書類をめくっていたとき、裁判官の名前が書いてあることに気づきました。

ああ、あのカーディガンの女性裁判官は、こんな名前だったんだ。

債権者集会で何度か顔を合わせた方です。淡々としていて、でも丁寧な人でした。

終わったから、やっと名前を知ることができた。手続きの中にいる間は、私は「当事者」でありながら、ほとんど何も知らされていなかったんだなと、少し不思議な気持ちになりました。

まさかここでも◯ちゃん

姓はともかく、下の名前を見た瞬間、驚きました。

うちの会社にやたら多かった名前だったんです。

「うちの会社は◯ちゃんばっかりやなw」と、昔よく冗談を言っていました。

まさか、破産の裁判官までその名前とは。

22年やってきた会社の記憶と、破産を締めくくる裁判官が、同じ名前でつながる。笑えるけど、どこか運命めいている気もします。

会社はなくなったけれど、名前はなぜか最後までついてきました。

人生、出来すぎている

22年やって、最後の裁判官まで◯ちゃん。

うちの会社、徹底してるな。

免責は決まりました。

心の免責は、もう少しかかりそうです。

でも最後の裁判官まで◯ちゃんだったのだから、

まあ、悪くない幕引きかもしれません

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