破産してから、外に出る時は車通りの少ない道を選ぶようになりました。
自転車で近所を回るだけでも、誰かに会うかもしれないと思うと、自然と裏道に入っていました。
生活の範囲は、近所だけになりました。
月に数回、試験監督のバイトで電車に乗る時だけは、少し遠くまで行きます。
早朝の駅なら、誰かに会う心配もありません。
私にとっては、それが貴重な非日常でした。
その日も、ただの買い物でした。
近所のドラッグストアで、日用品をカゴに入れてレジに並んでいました。
前に並んでいた男女は、最初はまったく気になりませんでした。
見たことがある気はしました。
誰だったか、一生懸命思い出そうとしました。
順番が近づくにつれて、ふと記憶がつながりました。
一年に一度行くか行かないかくらいですが、焼き鳥屋のご夫婦でした。
常連というほどではありません。
顔を覚えられているかどうかも分かりません。
それでも、頭の中では一瞬で「知っている人」に変わりました。
一瞬、声をかけようかと思いました。
でも、すぐに思い直しました。
出来るわけがありません。
反射的に顔を伏せていました。
スマホを見るふりをして、目線を落とします。
見つからないように、それだけを考えていました。
その日は、普段着に帽子をかぶっていました。
外に出る時はいつもそうしています。
スーツ姿だった頃の自分とは違う、ある意味では変装のつもりでした。
だから、気づかれなかったのだと思います。
少なくとも、声をかけられることはありませんでした。
本当のところは分かりません。
向こうも気づいていて、あえて何も言わなかったのかもしれません。
こちらに気を使った可能性も、ゼロではありません。
ただ、その時の自分には、そんな想像を巡らせる余裕すらありませんでした。
「今の自分を見られたくない」という感覚のほうが、はるかに強かったです。
破産したことを、その人たちに話したことはありません。
事情を知られているわけでもありません。
それでも、自分の中で勝手に線を引いてしまいました。
後から振り返ると、何も起きていない出来事だったと思います。
相手は何も変わっていませんでしたし、
変わったのは、自分の距離感だけでした。
人間関係が壊れたわけじゃありません。
誰かに冷たくされたわけでもありません。
ただ、同じ場所に立っているつもりで、少し後ろに下がっていただけでした。
破産の処理は、まだ終わっていません。
それでも、以前の知り合いと同じ場所には、もう戻れない気がしています。
すでに、仲間じゃないから。
破産後、人間関係が変わったと感じるのは、
こういう何でもない瞬間なのだと思います。
この記事を書いた人:こいで のぼる


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