破産してから初めての年末年始。「生活が変わった」と実感したのは、意外にもこの時期でした。
300枚の年賀状がゼロになった年末
例年、年末は仕事が大忙しでした。ただ、30日、31日になると一気に静かになり、年越しの準備をする――そんな流れが毎年決まっていました。
会社の神棚にお神酒を供え、榊を新しくしながら、頭の中は資金繰りのことでいっぱいでした。来月の入金でどのくらい巻き返せるだろうか?数字が頭の中をぐるぐる回っていました。
それでも、その時は数か月後に「Xデー」を迎えることになるとは、思ってもいませんでした。
会社時代は300枚プリントしていた年賀状。今年は一枚も書いていません。
出せるわけない、という気持ちでした。
今年は、まったく違いました。年末だからといって忙しくなることもなく、特別な準備をするわけでもありません。いつも通りの生活が、そのまま続いているだけです。
追い詰められて血の気が引く感覚もありませんでした。
商売繁盛の祈願から、生きていることへの感謝へ
年が明けると、例年なら2日からはお得意先へのあいさつ回りです。車の中では箱根駅伝を流し、初詣は決まって商売繁盛の神社へ行っていました。
毎年、同じ神社。毎年、同じ顔ぶれ。元旦前後の3日間は、判で押したように同じことの繰り返しでした。
それが当たり前で、むしろ「変わらないこと」に安心していたのだと思います。
今年の初詣は、家の近くの神社に行っただけでした。箱根駅伝は、車の中ではなく、自宅でゆっくりと見ています。
今振り返れば、これまでは藁にもすがる思いだったなと感じます。今年は、生きていることへの感謝のような気持ちでした。
届いた年賀状に、胸が苦しくなった
元旦にはわずかな枚数の年賀状が届きました。
得意先の親しかった人から、「元気出してください」「連絡待ってます」という言葉が書かれていました。胸が苦しくなりました。
一方で、遠くの友人からも届いていました。破産のことを知らないであろう、昔からの友人です。そこには「勝手ながら今年までで年賀状はお終いにします」と書いてありました。
誰であれ人との関わりが煩わしくなっているのか、私は正直ホッとした気分になりました。
続いていく日常
派手な出来事は何もありません。それでも、これまでとは決定的に違う年末年始でした。
正直な気持ちは、少し複雑でした。
何か大きなものが抜け落ちて、ぽっかり穴が開いたような感じがします。
一方で、あれほど苦しかった生活から解放されたような気持ちも、確かにありました。
「人生終わった」と思ったはずなのに、日常は、何事もなかったかのように続いています。
その事実に、少し拍子抜けして、少しだけ救われてもいました。
週明けからまた、普通の生活に戻ります。


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