【経営判断】相談すれば安心という罠|専門家に囲まれても倒産した理由

破産後の生活・再出発

倒産する少し前のことを思い返すと、当時のことを少し距離を置いて見られるようになりました。 あの頃の私は、決して一人ではありませんでした。

税理士がいました。 自分で探してきたコンサルタントが何人かいました。 経営セミナーにも顔を出していましたし、失敗体験を書いた本も、成功体験を書いた本も、たくさん読んでいました。

相談相手は、むしろ多かったと思います。

それでも、会社は潰れました。


当時の私は、追い込まれていました。 ただし、従業員にも、取引先にも、友人にも、追い込まれているようには見せたくありませんでした。

三代目経営者という立場もありました。 他の人はともかく、自分自身にまだ何とかなると思わせていたかったのです。

目先の判断は、毎日やっていました。 資金繰りも、取引先との調整も、社員への対応も。 それはもう、しのぎを削っていたと言ってもいいくらいです。

ただ今思えば、 大きな戦略を立てられる状態ではありませんでした。 大事な何かが欠けていました。

このままでは、だめだ。会社を再建させるための正解を渇望していました。


周囲には、いわゆる「専門家」がいました。

税理士がいました。 コンサルタントにも何人か相談しました。 セミナーにも通っていました。 失敗体験の本も、成功体験の本も読みました。

最終判断を期待していたわけではありませんでしたが、 解決のヒントは欲しかったのです。


正直、専門家と話していると前に進んでいるというか、 仕事をしている気にはなりました。

その都度、色んな事にチャレンジしましたが、結局は 何が変わったわけでもありませんでした。

専門家がくれたのは「答え」ではなく、 ただの「素材」でした。

素材をいくつか集めて、 切るか、焼くか、続けるかを決めるのは自分でしたが、取り掛かかる前からしっくりと来ていませんでした。


倒産後、時間が経ってから ようやくその構図が見えるようになりました。

専門家が悪かったわけではありません。

ただ、 当時の自分の心の状態と、専門家との距離感が噛み合っていませんでした。

それだけのことだったのかもしれません。


これから、少しずつ書いていこうと思っています。

税理士との付き合い方。 コンサルとの距離。 セミナーに通っていた頃の心理。 そして今、AIと向き合っていて感じる、同じような違和感。

断罪するためでも、正解を示すためでもありません。 後から振り返って、 「あのとき自分は、こういう状態だった」と 言葉にして残しておくためです。


もし今、 誰かに判断を委ねたくなっているなら、それ自体は、悪いことではありません。

ただ一度だけ、 自分がどんな状態でその手を伸ばしているのか そこだけは、見ておいた方がいい気がしています。

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