【松下幸之助の教え】モノづくりより人づくり|当たり前だと思っていた言葉の重さ

倒産前の経営・人と組織

昔、ゴルフ仲間に一回りほど年下の男性がいました。彼の会社も代替わりで、彼が社長を継いだばかりの頃です。

飲み会の席で、彼にこう聞かれたことがあります。

「社長って、何をすればいいんですかね。はんこ押してばっかりなんですよ」

私は答えられませんでした。なぜなら、私も同じだったからです。はんこばかり押している。それが仕事だとは、心のどこかで思っていませんでした。でも、では何をすればいいのか。その問いに、当時の私は答えを持っていませんでした。


モノづくりより人づくりという教え

松下幸之助は、こんな言葉を残しています。

「松下電器は何をつくる会社か」と聞かれたら、「人をつくる会社です。あわせて電気製品もつくっております」と答えるように、と社員に言い続けていたそうです。

優れた製品をつくることは会社の大切な使命だが、それより先に優れた人をつくらなければならない。人が育てば、自然といい製品が生まれ、事業も発展していく。そういう考え方です。

ここでいう「人づくり」は、単に技術や営業スキルを身につけさせることではありません。自分の仕事の意義や責任を自覚し、自主性を持った人間を育てることを指していたようです。

正直に言うと、この言葉自体を、私は知らなかったわけではありません。


知っていたはずの言葉の軽視

実は、後継者としてこの会社に入る前、私は全く別の業界で働いていました。その会社で、この「モノづくりより人づくり」という考え方を、研修か何かで教わったことがあったのです。

当時の感想を正直に言うと、「当たり前のことを言ってるな」でした。人が大事なのは分かりきったことで、わざわざ掲げるようなことでもないだろう、と。

その言葉の本当の重さが分かったのは、ずっと後になってからでした。


育てる環境がなかった後継者時代

30代前半で、後継者としてこの会社に入りました。それまで全く違う業界にいたので、業界の知識もスキルもゼロです。

先代は会社を設立した人間で、圧倒的なカリスマ性のある人でした。それなのに、目利きの技術も、社長として何をすべきかも、私にほとんど教えてはくれませんでした。カリスマがあることと、人を育てることは、また別の話なのだと今では思います。

その結果、私はすぐに業界の洗礼を受けることになります。

入社して1年も経たないうちに営業職になり、右も左も分からないまま商品を仕入れました。大口の取引先から「掘り出し物がある」と商品を見せられ、いくつか買って持ち帰りました。ところが、古株の社員から「これは2級品ですよ」と指摘されたのです。

自社は、その仕入先にとってかなりの大口の得意先でした。それなのに、こんなものを掴まされるのかと驚きました。

この業界は、目利きがなければやっていけません。「自分が良いと思って買ったんでしょう」という判断の責任は、すべて自分にある。騙される方が悪い、というのがこの業界の空気でした。

ノウハウを書いた体系立った本があるわけでも、今のようにAIがあるわけでもありません。私は都度、仕入先や得意先、同業他社の人から教えてもらいながら、数をこなして目利きを身につけていきました。

後継者として、実力をつけていかなければと一生懸命でしたが、社内で求められていたり必要だったりしたのは、そういった技術的なものではなかったのです。


当たり前を社員に押しつけていた反省

実務レベルの技術や知識は、私を介さずとも社員同士で自然に伝承されていきました。現場は現場で、ちゃんと回っていたのです。

では、経営者としての私は、何をしていたのか。

正直に言えば、「会社のために一生懸命働くのは当然だ」と思い込んでいました。人は易きに流れるものだと分かっていたはずなのに、「そんな当たり前のこと、いちいち言わなければ分かりませんか」という意識でいたのです。

「自分にはカリスマ性がない」からだと、当時は思っていました。でも今振り返ると、必要だったのはカリスマ性などという大層なものではなく、もっと地道な「求心力」でした。私はそれをつくることを、怠っていたのです。


仕組みに逃げて失敗した組織づくり

求心力の大切さに気づいて勉強すると、たいてい「個別面談が大事」「ビジョンの共有が大事」「評価制度が大事」というような話が出てきます。そして、それをどう仕組み化するか、というところまでセットで語られます。

私はすぐに仕組みをつくろうとしました。評価制度をつくり、個人面談も制度化し、社内報も発行しました。

経営理念だけは、最後までつくれませんでした。先代がつくったものはあったのですが、本質を捉えていないと感じていて変えたかった。でも、「これだ」という言葉がどうしても思いつかなかったのです。

評価制度も、個人面談も、社内報も、形から入って大げさに仕組みだけを整えた結果、次第に形骸化し、風化していきました。


傾聴の力を社員に使えなかった理由

今振り返ると、仕組みより先に必要だったのは、日々の泥臭い声掛けだったのだろうと思います。

私は、人の話を聞くのが得意な方だと思っています。実際、社外の人たちとはそうやって信頼関係を築いてきました。それなのに、その力を社員には使いませんでした。

理由は分かっています。会議をすると、社員から出てくるのは言い訳ばかりだったからです。何か問題があったとき、「悪かった」で終わってしまい、「では次はどうするのか」というところに進める議論ができませんでした。それに嫌気がさしてしまっていたのです。


人づくりの前に、自分自身の話

こうして振り返ってみると、社長の仕事とは何かという問いへの、私なりの答えが見えてきます。

究極的には、会社のために、社長のために働いてもらえるようにすること。そういう文化を醸成することです。

モノをつくる、売る、管理する。そうした業務は、社員同士の伝承や社外の人たちの力でも回っていきます。しかし、「なぜこの人のために頑張ろう」と社員が思えるかどうか、それだけは経営者にしかつくれないものでした。

あのゴルフ仲間の若手社長に、今なら少しは答えられるかもしれません。でも当時の私には、伝える資格すらありませんでした。

「モノづくりより人づくり」。当たり前だと思って聞き流していた言葉の重さが、今頃になって骨にしみます。社員の人づくりの前に、私自身の人づくりが、まるでできていなかったのです。

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