【社員との距離感】失敗ばかりじゃない|低レベルな会社でも覚醒した人たち

倒産前の経営・人と組織

外部からの電話に、「うちの社長さんは、まだ出社されておりません」と応対する社員がいました。身内である社長に敬語を使ってしまう、あの有名な間違いです。笑い話のようですが、これが私の会社の採用と教育のレベルを、そのまま表していました。

採用に基準はなく、面接のフォーマットすらありませんでした。最低ラインと呼べるものがあったとすれば、ハローワーク経由で来た人、というだけです。当時の役員は、「うちの会社は、金を盗んで帰らなきゃOK!」などとうそぶいていました。ひどいものです。教育体制も同様で、新入社員に「うちの会社では」と教える文化はほとんどありませんでした。

そんな会社ではありましたが、いい思い出として残っている出会いや出来事がいくつかありました。

内勤ではクビ寸前だった男、T君

T君は、高校時代の出席日数もあやしいくらいのヤンチャな男でした。内勤に配属した当初は遅刻ばかりで、正直、いつクビにしてもおかしくないレベルでした。

本人から「内勤は息苦しい」と希望があり、支店での販売に異動させました。しばらくはパッとしませんでしたが、どこかのタイミングで火がついたのか、いつの間にか恐るべき実力を発揮するようになっていました。

遠方の支店にいた時期は、よく二人でランチに行きました。定番はカットステーキ。もちろん私のおごりです。今思えば、あの頃はまだ私も懐に余裕があったのだと思います。社員の中で、一対一で食事をしていたのはT君だけでした。人懐っこい性格で、倒産直前まで私にとっても心の支えのような存在でした。

パソコンは素人だった事務員のKさん

Kさんは、おっとりとした大人しい性格の女性でした。高校時代の成績が良かったこともあり、事務員として採用した時点で少し期待していました。

暇そうにしているのを見て、ダメ元で頼んだのが、私が自分で作った社内システムの大改造でした。かなり無理な注文もしたと思います。それでもKさんは、すべて注文通りに作ってくれました。おかげで、作った本人の私が見ても中身がわからないようなプログラムに仕上がっていました。

黙々と勉強を重ね、あっという間に私のレベルを超えていったKさん。ただ、育ちすぎた結果、その後はその方面の仕事に転職してしまいました。嬉しいような、寂しいような話です。

会社説明会で堂々と問題行動、未成年だったSさん

高卒での新規採用が決まったSさん、会社説明会のあとに会議室でタバコを吸っているのを見つけて、「あなた、一応未成年だからね」と注意したのを覚えています。「あ、すみません」とすぐに消しましたが、それくらいのレベルからのスタートでした。

けれど話をしているうちに、Sさんにはデザインへの興味、というより「好きそう」な空気を感じました。商品カタログのデザインを手伝ってもらうようになり、そのうち丸投げで任せてみると、これが見事にハマりました。毎年、素晴らしい出来のカタログを何年も作り続けてくれました。

後にネット販売のデザインや企画も任せましたが、出来栄えの割に数字が伸びず、そのあたりから少しずつ関係がギクシャクしていきました。「デザインは売上に直結しない」というようなことを、私が口にした記憶もあります。待遇も、本人の貢献に見合っていなかったかもしれません。最後がどういう経緯だったか忘れてしまいましたが、Sさんも会社を去っていきました。

普通のことを、普通に貫いたAさん

もう一人、Aさんという存在にも触れておきたいと思います。Aさんは大卒の中途採用、社内で唯一まとまった資料を作って説明してくれ、頼まなくても次の企画を自分で考えるような、本当によくできる社員でした。周りのレベルに合わせて自分を下げることもなく、ひたむきに仕事をしていました。なので私ともよくぶつかりましたが、おかげでお互いに成長できていった気がします。彼女も最後まで頑張ってくれました。

大卒の社員は他にも何人かいましたが、Aさんのようなレベルの人はいませんでした。ただ、これは私自身がサラリーマンだった頃には、むしろ普通のことでした。当時は同僚も同じような水準で、横を見ながら頑張る環境があったのだと思います。Aさんが特別だったというより、この会社にそういう環境がなかっただけなのかもしれません。

おわりに

T君、Kさん、Sさんのように、入り口の印象からは想像もつかないほど伸びていく人に出会えたのは、正直かなり稀なことです。実際には、多くの社員はそこまでのレベルには届きませんでした。基準がなかったからといって、誰もが育つわけではありません。

それでもAさんのひたむきさ、T君の成長、Kさんの才能、Sさんが作ってくれた作品たち。基準もルールもなかったこの会社で、確かにこういう出会いがありました。

Sさんとはうまく続けられず、Kさんは巣立っていきましたが、それも含めて、こういう出会いに恵まれたことは、社長という仕事の中で、最も充実感を得られた瞬間のひとつでした。

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