22年間、会社を経営していました。その間に、本当にいろいろな社員と一緒に働きました。
同じ会社、同じ社長のもとに、まったく違う人たちがいました。今回は、その中から特に記憶に残っている3つの場面をお話しします。あまり思い出したくない部分も含まれますが、きれいごとは抜きで書きます。
倒産後に電話をしてきた女性2人
工場に、若い女性の社員が2人いました。朝、私が挨拶をしても、返してくれません。
特に酷かったのは1人です。私の前でだけ、そうでした。当時の私の目には、学校の先生の前で悪ぶっている中学生のように見えました。もう1人は最低限、挨拶だけは返す程度で、少しはマシでした。
私は、どちらにも注意はしませんでした。面倒だったので何も言いませんでした。そのうち、こちらから挨拶をすることもなくなりました。そういう躾は会社でやるものでは無いだろうと思っていました。
その後、会社が潰れました。すると、2人から給料の件で何回か文句の電話が掛かってきました。態度には差があった2人ですが、電話の強さは、私の記憶では同じくらいでした。
そういう電話をかけてきたのは、その2人だけでした。私の記憶では勤務態度も決して良くはなかった印象だったので、かなり釈然としないものを感じていました。
数字に貪欲だった営業の2人
営業職に、中途採用の男性が2人いました。社員の中では珍しく、数字に貪欲な2人でした。やり方はそれぞれ違いましたが、どちらも結果を出す人たちでした。
普通の会社なら、普通のことだと思います。それなのに、私の会社では、この2人が際立って見えました。私の甘さが、2人を際立たせたのだと思います。
この2人は私よりもだいぶ年上だったので、会社が倒産する前に定年で退職されていきました。
数字の厳しさについて思い出すのは、得意先の支社に伺ったときのことです。
支社長とコーヒーを飲みながら、のんびりとゴルフの話をしていました。そこへ、支社長の知り合いの課長さんが通りかかりました。支社長はその課長さんを呼び止め、少しだけ営業の話をして、数字のことを尋ねました。

課長さんから、目標には達していないという報告がありました。すると支社長は、こう言いました。
「それは、ダメじゃないか」
激昂したわけではありません。冗談めかしたわけでもありません。ただ、優しさも甘さもない、厳しい口調でした。横で聞いていた私は、怖いと感じました。
こういう鋭さというか、厳しさが私にもあったら良かったのになと思います。自分には営業職の経験が少なく数字も上げたことが無いので、何を偉そうにと勝手に思っていたのですが、それは大きな間違いだと今になって思います。
「それは、ダメじゃないか」。頭から離れないほど強烈な言葉でしたが、私が発することはありませんでした。
指示していないのに動いた事務員
女性の事務員がいました。通常の事務仕事の他に棚卸しの数字をまとめる係もお願いしていました。
毎回、帳簿の数字と実際に数えた棚卸しの数字が合わないので、私は彼女に尋ねていました。
「何か思い当たることは無い?」
あるいは誰に言うわけでもなく「困ったな~」とぼやいたりしていました。
自分自身が悩んでいた、それだけでした。
ところが彼女は、それを自分の責任だと受け取ったようです。ある時を境に、普段から倉庫の中をチェックして回るようになり、営業や工場の社員にも、細かくチェックを入れるようになりました。その部分では厳しいお局様状態でした。おかげで、数字の誤差はかなり小さくなりました。
私は何も指示していません。それでも彼女は動いてくれました。相当な労力だったと思います。
棚卸しの最終チェックは、私がしていました。そのたびに、労いの言葉や褒め言葉を伝えていました。
同じ職場にいた、まったく違う人たち
挨拶すら返さなかった人、結果を追い求める人、そして指示がなくても自分の持ち場を引き受ける人。
この違いは、その人がもともと持っている人間性なのか、それとも会社という環境がそうさせたのか。22年経営しても、私にはまだ明確な答えは出ていません。
ただ一つ言えるのは、社長である私がどう接し、どういう姿勢で会社に立っていたかが、彼らの鏡のように映し出されていたのかもしれないということです。
厳しさから逃げず、面倒くさがらず、一人ひとりと向き合うこと。自分が発しなかった「それは、ダメじゃないか」という一言や、感謝の言葉の重み。会社がなくなった今でも、彼らが見せてくれた姿は、経営という仕事の難しさと深さを私に教えてくれています。

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