【社員との距離感】来年は賞与でますか?|情報を開示しても他人事だった会社の文化

倒産前の経営・人と組織

「情報を開示して風通しを良くすると、社員も会社のことがよくわかって、気持ちよく働ける」

経営者なら一度は聞いたことがある言葉だと思います。私も信じていました。だから実行しました。10年以上、毎月続けました。

結論から言います。意味をなしませんでした。


毎月、会議室でスクリーンに出した

経理担当が会計事務所出身の人間に変わったのは、倒産する15年ほど前のことです。それまでの試算表は、正直、目を覆うばかりの代物でした。会計ソフトを入れたはいいものの、担当者も私もよく理解できていなかった。先代はパソコンアレルギーで話にならない。毎月試算表は出てきても、意味をなしていませんでした。

経理が整ってからは、毎月の試算表と年に一度の決算書を、課長クラスの責任者たちに見せるようにしました。数字を持っている人間だけを会議室に集めて、スクリーンに映し出す。売上が前年比で何パーセント落ちて、利益がいくらで……という説明を、毎月繰り返しました。


伝わらなかった思い

なぜそんなことをしていたのか。

「会社が厳しいので、みんな頑張ってね」という気持ちでしたが、あれは「証拠の開示」という一面もありました。

会社の成績が悪いという事実に、疑問を挟む余地は無い。数字がここにあるから、言い訳はできない。だからどうすればいいかを一緒に考えよう、という気持ちでした。

ところが、社員に向かって証拠を突きつけても、危機感が醸成されることはありませんでした。何故なら、そういう情報を基に行動を変える文化がそもそも存在しなかったのです。


会議室の空気

最初のうちは「そうなんだ」くらいの反応はありました。でも毎月繰り返すうちに、慣れていった。

前年比がアップした月だけは、会議室の空気がパッと明るくなりました。それ以外の時はお葬式です。シーンと静まり返って、誰も何も言わない。その空気が定着していきました。

数字を持っている責任者たちでさえ、試算表を眺めることと「ではどうするか」を考えることは、別の話でした。見ることはできても、そこから先に進む回路がなかった。

そしてその回路を作れなかったのは、私でした。


本当に伝わった瞬間

業績が悪いことが初めてリアルに伝わったのは、賞与を削った時でした。

言葉でも数字でもなく、お金が減って初めて「ヤバい」という実感が生まれた。それはわかります。

ただ、そこで出てきた反応が、「来年は出ますか?」でした。

業績が悪い→自分たちが改善しなければならない、という回路がなかった。賞与が出ないのは「会社の問題」であって、「自分たちがどうにかすべき問題」ではなかった。他人事のままでした。


情報開示の前に必要だったもの

「情報を開示して風通しを良くする」という考え方は、間違っていないと思います。

ただ、それが機能するためには前提が必要でした。数字を読む力と、「どうするか」を自分たちで考える文化です。

私がやっていたのは、土台のないところに材料だけを積み上げることでした。毎月スクリーンに数字を映し出しても、それを受け取って動く仕組みが社内になかった。

問題は、開示の方法ではありませんでした。文化でした。

その文化を22年かけて作れなかった。それが、この話の本当の結末です。


では、どうするべきだったのか

今思えば、やるべきだったのは試算表を見せることではなく、自分たちの行動が数字に直結しているという実感を持たせることでした。

営業であれば、新規開拓や新しい商品の探求。工場であれば、生産効率を上げる方法。それぞれの持ち場で「自分たちに何ができるか」を具体的に考えさせる。そういう積み重ねを積み上げていくことが、本来あるべき姿だったと思います。

そしてもう一つ。言い訳文化の撲滅です。

「景気が悪いから」「工場の生産に余裕がないから」。そういう言葉を私は聞き流してきました。しかし、やるべきだったのは「では、その中でどうするか」を問い続ける事でした。小さな積み重ねが成果につながる、という経験を社員に積ませることができていれば、試算表の数字も違う意味を持ったかもしれません。

情報開示は手段であって、目的ではありません。その手段を活かす土台を作ることが、経営者の仕事でした。それが私にはできなかった。


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