会議の場で、ある言葉を信じてしまったことがあります。
その一言が、会社の在庫管理を止めさせ、結果的に1年間の大混乱を招くことになりました。今日はその話を書きたいと思います。
言い訳が「在庫」から「商品」に変わった日
当時、営業部の売上が振るわない時期がありました。会議の場で原因を話し合うと、決まって出てくる言葉がありました。
「あの商品が欠品していたから売れなかった」 「この商品があれば売れたのに」
私は素直にその話を捉え、在庫さえ十分にあれば、売上の減少はなくなる。そう考えて、在庫を充実させる努力を重ねていきました。
正直、これはかなり大変なことです。在庫というのは思いつきで増やせるものではなく、何ヶ月も前から段取りをして、ようやく追いつくものだからです。それでも私は時間をかけて、在庫不足という状態にならない体制を作っていきました。
ところが、ある日の会議で、成績優秀なひとりの営業部員が、こう言い放ちました。
「社長は自社商品が良いものだと思っているんですか?市場に行けば、うちより優れていて、しかも安い商品が溢れています。誰もうちの商品なんて欲しいと思っていませんよ」
会議室の空気が固まったのを覚えています。
私が信じてしまった「嘘」
正直に言うと、私はこの発言にかなり動揺しました。
成績優秀な営業マンの口から出た言葉です。現場の声として、重く受け止めてしまいました。在庫さえ揃えれば売上は上がると思っていたのに、今度は商品そのものを否定された。だったら、在庫を整える努力に何の意味があるのか。
そう思った私は、在庫を充実させる努力をやめてしまいました。
今振り返れば、これは完全な嘘でした。実際に市場に出回っていたわけでも、自社商品より優れた安価な商品が溢れていたわけでもありません。元々の”在庫がないから”も言い訳であり、その矛先が「在庫」から「商品」に変わっただけだったのです。
ただ、その時の私には、それを見抜く余裕がありませんでした。
在庫不足という現実、そして大騒ぎする現場
在庫を整える努力をやめてから、約1年。在庫はあっという間に不足する状態になっていきました。
ここで補足しておきたいのですが、これはあの発言だけが原因ではありません。当時はちょうど市場の状況も悪化して原料不足になっていた時期と重なっていました。それでも、もし私のやる気が保たれていれば、もっと早く手を打てていたかもしれません。
そして在庫が不足し始めると、営業部は一気に大混乱に陥りました。
「商品を切らしたら信用問題だ」「一度逃した顧客は戻ってこない」 「どうしてくれるんだ」
まるで鬼の首を取ったかのような騒ぎようでした。
最も大変だったのは、最初の1年間です。私自身も商品確保に奔走する日々でした。本来であれば経営判断に充てるべき時間を、目の前の商品確保に費やすことになったのです。
皮肉だったのは、あの「誰も欲しくない」と言い放った本人は、この騒ぎの中で一切何も言わなかったことです。けれど、その場にいた他の社員たちも、あの発言を誰一人否定していませんでした。私は、それも同罪だったと思っています。
在庫不足が「現状維持の盾」になった
この一件の影響は、思った以上に長く尾を引きました。
それ以降、営業部員たちは何かにつけて「在庫が切れたら大変だ」と言うようになりました。新商品の開発や新規顧客の開拓を提案すると、決まってこう返されました。
「工場のキャパは大丈夫なんですか?」
最初は言い訳の道具だった在庫の話が、今度は会社を前に進めない理由として使われるようになっていったのです。
気づけば営業部は、注文が来たら商品を揃えるだけの存在になっていました。攻めることも、変えることも、動くこともなくなった組織を見て、私は怒りよりも、ただ情けない気持ちになりました。
真犯人は、嘘を信じた自分だったのかもしれない
あの発言に、どんな意図があったのかは今もわかりません。本人なりに「日々、商品の改善に努め進化させていくべきだ」という純粋な気持ちだったのか、その場しのぎの言い訳だったのか。
ただ一つ確かなのは、あの言葉は事実ではなかったということです。
そして、その嘘を真に受けて、在庫キープの努力をやめてしまったのは私自身でした。社員の発言を疑わなかったこと、踏みとどまる判断ができなかったこと。それは紛れもなく、私の経営判断の甘さでした。
22年間経営者をやってきて思うのは、社員の言葉を「現場の声」として丸ごと信じることの危うさです。現場の声には耳を傾けるべきですが、それが事実かどうかを見極める役目は、最後まで経営者にしかできません。
あの会議室での一言を、私は今でも忘れることができません。

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