母の一言「あなたは石橋を叩いても渡らない性格」
会社に入ってすぐの頃、母からこう言われたことがあります。
「あんたは石橋を叩いても渡らん性格だから、それを心して。」
母の目には私がそんなに慎重な性格だと映っていたのでしょうか? 正直に言うと、当時の私にその自覚はまったくありませんでした。そして今も、あまりピンと来ていません。
けれど、我が子に対する母親の分析が、それほど大きく外れることなどあるのでしょうか。
入社してすぐ読んだ、元社長27人の失敗談
同じ頃、私はある一冊の本を読んでいます。経営者になったら、何に気をつけなければならないのか?ポイントを押さえておきたいと思いました。この疑問に八起会という団体が出している「社長の失敗 私はここが甘かった」という本、倒産を経験した元社長27人の実体験を集めた本が目に止まりました。
そこに書かれていたのは、贅沢や博打、無謀な投資などで会社を潰してしまった、というような、かなり極端な失敗談ばかりでした。
自分は大丈夫だと思っていた

正直な感想を言うと、私はこの本を読んで、どこかホッとしていました。
「こんな派手な失敗、自分はしないはず」「堅実にやっていけば大丈夫だ」。慎重な性格だと言われていた私にとって、その本は反面教師というより、むしろ安心材料になってしまっていたのだと思います。
しかしそれらは、昭和の昔話だったのです。
そんな時代が続いているという錯覚
私が入社した当時、会社にはまだ景気のいい時代の名残がありました。毎朝、プラットホームには大量の荷物が並べられ、営業部員たちが忙しそうに積み込んでいく光景がありました。
先輩社員からは、よくこんな自慢話を聞かされました。「モノさえあれば売れた」「ライバル社より早くお客さんの所に持っていけば、それだけで買ってもらえた」。スピード勝負で、とにかく忙しかった時代の話です。
何もかもが初めてだった私にとって、その名残の光景は「会社の基準の姿」になりました。そして、この忙しさを切り盛りしていくのが私の仕事なのだと思いました。
マイナスではなく、プラスが必要な時代へ
けれど時代は、少しずつ変わっていきました。
昔は、とてつもなく大きなマイナスさえしなければ、会社は大丈夫でした。けれど気がつけば、とてつもなく大きなプラスを生み出さなければ、生き抜いていけない時代に変わっていたのです。
業界全体が縮小していく中で、新商品がヒットしたり、支店の成績が上がったりということはありました。ただそれらは、あくまで既存の延長線上にある努力にすぎませんでした。本当に必要だったのは、もっと大きな業態転換だったのだと、今なら分かります。
倒産という大きな節目

早くて大きな時代の流れについていけず、私は会社を倒産させました。私なりには奇抜なアイデアで色々な挑戦はしてきました。しかし、所詮これまでの流れの中での悪あがきに過ぎなかったのかもしれません。
まわりに驚かれるような業態転換、これが出来なかったのに理由はたくさんありますが、結局は私の優柔不断さが決定的な原因だったのだろうと思います。
慎重といえば聞こえが良いですが。
石橋を叩いても渡らない性格、と言えるのか
「石橋を叩いても渡らない性格」。母にそう言われた人間が、60代になって自己破産し、ブログを書いて生計を立てようとしています。
無難に生きるなら、選択肢はいくらでもありました。警備員、ビルの管理人、シルバー人材センター経由の清掃の仕事。70歳くらいまで、そうした仕事を続けていれば、それで十分だったはずです。
それなのに、なぜか今、途方もない挑戦をしています。
これは果たして、「石橋を叩いても渡らない性格」と言えるのでしょうか。
いいえ、実は年金の繰り上げ受給で収入を確保し、当面の小遣いをバイトで稼いでいる。無謀に見えて、実は保険をかけながら渡ろうとしている。結局、母の目は誤魔化せませんでしたか。

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